「生活保護法の一部を改正する法律案」(以下、「改正案」という。)が、6月4日一部修正のうえ衆議院で可決され、現在、参議院で審議中である。
この改正案には、憲法25条による生存権保障の趣旨に鑑み、次の2点において、特に看過しがたい問題がある。
現行生活保護法の生活保護申請に際し、添付書類等を要しないとする取扱いは、生存の危機時における保護が遅れることにより、国民の生命身体に対し取り返しのつかない結果を生じさせかねないという認識に基づく。現に貧困その他の事情により生存を脅かされている状況にある国民に対し、すみやかに最低限度の生活を保障して、生存の危機を回避させることは憲法25条による生存権保障の中核的要素の一つであり、生活保護申請にあたっては、申請の意思表示のみで足り、何らの添付書類も必要とされないという現行生活保護法の取扱いは、この憲法の精神を体現したものである。
ところが改正案では、申請書に必要事項の記載や書類の添付を要する旨が強調されており、記載事項や添付書類の不備に乗じた申請の不受理を招く懸念がある。また、貧困状態にある要保護者に、必要書類の取得や作成といった負担を課すことは、正当な申請を断念させてしまう事態を招きかねない。実際に、生活保護の窓口においては、今でさえ、生活保護申請を事実上受け付けない「水際作戦」と呼ばれる違法な扱いが散見されている。改正案は、かかる「水際作戦」を合法化しようとするものであって、憲法25条による生存権保障の趣旨に反していることは明らかである。
なお、このような批判を考慮してか、改正案24条1項、2項について、「特別の事情があるときは、この限りでない。」と一部修正されたうえ、参議院に送付されたが、修正後の文言によっても、やはり、必要書類の提出が原則である点で、これまで述べた批判が該当する。
改正案による扶養義務者に対する通知・調査等の制度は、本来生活保護が必要な状況にある国民が、親族間に軋轢が生じることなどを気にして、保護申請を断念してしまうという弊害をもたらす危険性が高い。生活保護制度の受給要件を充たす者のうち、実際に生活保護を利用している者の割合(捕捉率)は、現在2割程度であると言われており、このような制度は、現状においても高いとは言えない捕捉率をさらに低下させる結果となり、一層生活保護の申請を委縮させる危険性がある。
生活保護制度は、生存権保障のための最後のセーフティーネットである。格差と貧困が深刻な社会問題となっているわが国において、餓死・孤立死・自死や貧困を背景とする犯罪や虐待などの悲劇を防ぐために、生活保護など社会保障制度が果たすべき役割はますます拡大している。
改正案は、経済的困窮者を、生活保護の利用からさらに遠ざけるものであり、憲法25条による生存権保障の観点から到底容認できない。
2013年6月8日
山梨県弁護士会
会長 東條 正人