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山梨県弁護士会について

声明・総会決議

再審に関する刑事訴訟法の速やかな改正を求める決議

 当会は、えん罪被害者の迅速な救済を可能とし、再審手続における適正手続を保障するため、国に対し、刑事訴訟法の再審の規定に関して、以下の事項を中心とする改正を速やかに行うように求める。

 

  1.  再審請求手続における全面的証拠開示の制度化
  2.  再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止
  3.  再審請求権者の拡大及び手続の承継や再審請求手続に関する国選弁護人の制度化を始めとする再審請求手続における手続規定の整備

 

提案の理由

  1.  再審に関する規定が少ない
     再審は、誤判によって有罪判決が確定したえん罪被害者を迅速に救済するための最後の制度である。にもかかわらず現行刑事訴訟法には再審に関する規定はわずかに19条のみである。特に審理のあり方については、具体的な手続を定めた規定が存在していないため、裁判所の広範な裁量に委ねられてしまうことになる。そのため、積極的な訴訟指揮を行う裁判体が担当しないと充実した再審請求手続が行われないことになってしまう。このように再審請求手続について個々の裁判体によって大きな格差が生じてしまうという、「再審格差」の問題が生じている。このような状況からは、えん罪からの救済の最終手段である再審手続において、再審請求をする者に憲法31条により要請される適正手続が保障されているとはいえない。

  2.  証拠開示制度の不備
     適正な裁判がなされるためには、全ての刑事事件において全面的証拠開示が実現すべきであるところ、2004年改正刑事訴訟法によって、通常審については、公判前整理手続における類型証拠開示や主張関連証拠開示の制度が新設された。しかし、現在でも再審請求手続における証拠開示については、何らの規定も設けられていない。近年再審開始決定がなされた、布川事件、東京電力女性社員殺害事件、東住吉事件、松橋事件、袴田事件、大崎事件、日野町事件では、再審請求手続中に開示された証拠が再審開始決定に強い影響を与えている。このように再審が開始されるか否かは、再審請求手続において、通常審段階では開示されていなかった証拠の開示が十分に行われるか否かにかかっており、現在、そのような証拠開示制度が定められていないことは、えん罪被害者の迅速な救済の大きな妨げとなっている。
     2016年改正刑事訴訟法の制定過程でも再審請求手続における証拠開示の問題点が指摘され、同法附則9条3項において、再審請求手続における証拠開示について検討するものと規定されているにもかかわらず、現在に至るまで検討が進んでいる様子はなく、この点に関する法改正の目処は全く立っていない。

  3.  検察官の不服申立てによる救済の遅延
     再審開始決定に対する検察官の不服申立てがえん罪被害者の迅速な救済を阻害していることは、以前から指摘されていた。近年では、袴田事件は2014年3月に静岡地方裁判所で再審開始決定がなされたにもかかわらず、これが確定したのは2023年3月であり、およそ9年も経過している。同事件で再審請求を行った袴田巌氏は現在87歳であるにもかかわらず、未だにえん罪からの救済がなされていない。名張事件で再審請求を行った奥西勝氏は、2005年4月の名古屋高等裁判所で再審開始決定がなされたにもかかわらず、検察官の即時抗告に代わる異議申立てにより再審開始決定が取り消された。そのため、奥西氏は2015年10月に89歳で亡くなってしまい、生きている間にえん罪から救済することが不可能になってしまった。大崎事件で再審請求を行った原口アヤ子氏は、2017年6月に鹿児島地方裁判所で二度目の再審開始決定がなされ、福岡高等裁判所宮崎支部もこれを支持したにもかかわらず、検察官の特別抗告により再審開始決定が取り消された。現在は第4次再審請求が行われているが、原口氏は現在96歳であり、一刻も早いえん罪からの救済が必要である。
     現在の再審請求手続は、通常審とは異なり、職権主義的審理構造を維持して利益再審のみを認めており、検察官は「公益の代表者」として裁判所が行う審理に協力する立場にすぎないので、検察官に不服申立権を認める必要はない。また、再審請求審は再審を開始するか否かを審理する手続であり、検察官は再審公判で確定判決が妥当である旨の主張及び立証をすることが可能であるため、えん罪からの迅速な救済という再審手続の目的を阻害してまで、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを認める必要性は乏しい。
     なお、日本の再審法制の原型となったドイツ法では、再審開始決定に対する検察官による上訴を禁止している。また、アメリカ、イギリス及びフランス等の諸外国においても、再審開始決定に対する検察官による上訴を認めていない。

  4.  その他の手続規定の不備など
     現在の再審手続では、有罪判決を受けた者が死亡した場合に再審請求することができる者は、配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹(以下、「配偶者等」という。)に限定されており(刑事訴訟法439条1項4号)、これらの者が死亡してしまえば、永遠にえん罪からの救済をすることが不可能になってしまい、また、再審請求をした者が死亡してしまうと手続が当然に終了してしまう運用となっている。そこで、再審請求権者を配偶者等以外(例えば、有罪判決を受けた者からあらかじめ指名を受けた者)に拡大し、さらに、再審請求をした者が死亡した後も、それらの者が再審手続を承継できるようにすべきである。
     また、えん罪被害者の救済は国の責務であるにもかかわらず、そのための再審請求手続において不可欠な国選弁護人制度がない。そのため、再審請求をする者は自ら費用を負担して私選弁護人を選任するか、あるいは有志の弁護士による無償の弁護活動に期待せざるを得ない。したがって、再審請求に関しても国選弁護人制度を新設すべきである。
     さらに、再審請求の審理手続を定めた規定は刑事訴訟法445条のみであり、再審請求手続における審理のあり方について、その具体的な手続を定めた明文の規定が存在していないので、個々の裁判所の広範な裁量に委ねられている。そのため先に述べた証拠開示以外の場面でも、再審請求人の手続保障がされていない。再審請求人の手続保障を図るとともに、裁判所の公正かつ適正な判断を担保するために、進行協議期日設定の義務化、事実取調べ請求権の保障、請求人の手続立会権、意見陳述権、証人尋問における尋問権の保障、手続の公開、通常審や過去の再審請求に関与した裁判官の除斥及び忌避等を導入する必要がある。

  5.  最近の情勢
     2023年3月には、日野町事件について大阪高等裁判所が再審開始を決定し、袴田事件について東京高等裁判所の再審開始決定が確定するなど、再審事件の動向が全国的に報道され、再審やえん罪被害に対する市民の関心は特に高まっている。
     当会でも、以前から袴田事件や名張事件、布川事件などを取り上げて死刑や再審についての市民集会等を開催し、さらに、2023年3月13日に「「袴田事件」第二次再審請求審差戻し後即時抗告審における再審開始決定を受けて、速やかに再審公判に移行させること及びえん罪被害者の速やかな救済のために刑事訴訟法の改正を求める会長声明」を発表し、再審に関する刑事訴訟法の改正に向けての取組を開始している。

  6.  結語
     以上を踏まえ、当会は、えん罪被害者の迅速な救済を可能とし、再審手続における適正手続を保障するため、国に対し、刑事訴訟法の再審の規定に関して、①再審請求手続における全面的証拠開示の制度化、②再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止、③再審請求権者の拡大及び手続の承継や再審請求手続に関する国選弁護人の制度化を始めとする再審請求手続における手続規定の整備を中心とする改正を速やかに行うように求める。

 

2023年5月26日

山梨県弁護士会