1 本「推知報道」は少年法61条違反です。
今月12日に山梨県甲府市内で夫婦が殺害され自宅1棟が放火により全焼した事件(以下「本事件」という。)に関し、「週刊新潮」2021年10月28日号は、夫婦の二女に対する傷害事件の被疑者とされた19歳の少年の実名及び顔写真を掲載しました。これは、少年の氏名、年齢、容ぼう等により本人と推知できるような記事又は写真の出版物への掲載(以下「推知報道」という。)を禁止した少年法61条に反するものであり、断じて許容されません。
少年法は、少年が成長途中の未成熟な存在であることに鑑み、「健全育成」すなわち少年の成長発達権保障の理念を掲げています(1条)。そして、推知報道については、少年の更生や社会復帰を阻害するおそれが大きいことから、事件の内容や重大性等に関わりなく、一律に禁止しています。
この点、2021年5月21日に成立した少年法等の一部を改正する法律(2022年4月1日施行、以下「改正少年法」という。)においては、18歳及び19歳のときに罪を犯した場合に推知報道禁止が一部解除されることになりました。しかし、この推知報道禁止の一部解除が適用されるのは、法施行日である2022年4月1日以降、18歳及び19歳のときに罪を犯した少年が公判請求された場合です。
したがって、現時点での本事件に関する推知報道は、改正少年法施行前であり、少年法61条に違反しますので、これに対し強く抗議するとともに、全ての報道機関に対し、今後、同様の実名や写真掲載等の本人推知報道がなされることがないよう同条の遵守を強く要請します。
2 改正少年法施行後であっても本「推知報道」は少年法61条違反です
改正少年法においては、18歳及び19歳のときに罪を犯した場合において推知報道禁止が一部解除されるに至っていますから、特に重大事件においては、推知報道禁止は不要であるとの指摘もあります。
しかし、少年による事件について本人を推知できる報道がされれば、少年のプライバシー権や成長発達する権利が侵害され、少年の人格を否定して一方的に社会的責任を負わせることになりかねず、少年の更生と社会復帰の可能性を阻害するおそれが大きいです。このため、改正少年法においても推知報道の禁止の一部解除はあくまで家庭裁判所が少年について、20歳以上の者と同様に刑事処分を受けることが相当であると判断して検察官送致決定を行った場合において、検察官が公判請求をした後に限定されました。したがって、本件のような捜査段階や家庭裁判所の審判段階での推知報道は、改正少年法下であっても、なお違法です。
3 改正少年法施行後であっても推知報道の当否について極めて慎重な判断を要望します。
同改正に当たっては、衆議院及び参議院各法務委員会において、推知報道禁止の一部解除が少年の健全育成及び更生の妨げとならないよう十分配慮されるべき、との附帯決議がなされました。すなわち、インターネットの普及により犯罪歴等の情報が半永久的に閲覧可能となってしまい、罪を犯した者の社会復帰の妨げになっている現実に鑑み、改正少年法下で、一部解禁された推知報道について、少年法の理念から、なお極めて慎重な姿勢が求められたものですから、報道機関は、推知報道が少年の改善更生や社会復帰を阻害する危険性を再認識して下さい。
当会では、少年事件において、一旦推知報道がなされた場合には、その情報を完全に消去することは不可能であって少年の将来への影響を完全に除去することが極めて困難であることから、報道関係者等に対しては、附帯決議に示された懸念を真摯に受け止めて、事案の内容と公共性を慎重に考慮して推知報道を行うことが不可欠か否かという基準で判断するよう要望するとともに、政府に対し、影響の不可逆性から、推知報道の一部解除については速やかに見直すことを求めてきました(令和3年6月8日「改正少年法の慎重な運用及び適切な見直しを求める会長声明」)。
したがって、全ての報道機関に対し、改正少年法施行後においても、同条の遵守はもちろんのこと、前掲附帯決議の趣旨等を十分認識し、推知報道の当否について極めて慎重に判断することを要望します。
4 犯罪被害者・遺族のプライバシーの尊重を求めます。
本事件では、夫婦が殺害され未成年の子どもがご遺族の立場に立たされています。
しかしながら、被疑者の少年が遺族の知人であるとの報道がなされ、遺族の同意なしに被害者の氏名・写真の掲載、遺族の学校での生活・容姿・言動などが報道され、インターネット上にも掲載されています。
もちろん、報道機関の報道する自由は、国民の知る権利に奉仕するものとして最大限尊重されるべきではありますが、被害者等には、みだりに個人的な情報を明らかにされないプライバシー権が保障されています。報道の自由も知る権利も、必ずしも被害者等のプライバシー権に優越するものではありません。
犯罪被害者や遺族(以下「被害者等」という。)は、そもそも犯罪行為によって回復不能な被害を受けています。それに加えて、被害者等のプライバシーがその意に反して報道されると、日常生活が阻害されるおそれがあります。特にインターネット上に情報が掲載されると、その情報は拡散されるとともに容易に検索が可能な状態で半永久的に残存し、被害にあった事実のみでなく、私生活が不特定多数の目に晒される事態になります。時に憶測や興味本位のコメントなどに晒され、さらに被害を受けることもあります。プライバシーを晒されることによって、被害者等が受ける被害は以前にも増してはるかに大きなものとなるばかりかその被害回復は極めて困難です。
各報道機関だけでなくすべての人に対し、被害者等に関する情報を扱う場合は、被害者等のプライバシー権を尊重するよう求めます。
5 報道・取材活動等における子どもへの配慮をお願いします。
本件については、事件発生直後より各報道機関において多数の報道が行われておりますが、報道機関によっては、学校付近において記者が登下校中の生徒へインタビューを試みる等の活動をしており、生徒から教育機関へ不安の声が寄せられる事態も発生しています。このような取材行為は、生徒たちのプライバシー権(憲法13条)、平穏な生活を営む人格的権利(憲法13条)及び教育を受ける権利(憲法26条1項、子どもの権利条約28条)を侵害するおそれがあります。
特に事件発生直後は、生徒たちが本件の発生によって精神的に動揺している時期であり、PTSDの発症の危険もあります。取材の自由(憲法21条1項)の重要性を考慮してもなお、現時点での生徒への直接の取材行為については、相当に慎重な姿勢をとってください。
報道機関による取材が過熱し、本来保護されるべき対象である未成年の生徒らに不安感を与え、その平穏な生活、通学が乱されるような取材行為が行われている現状に憂慮を表明し、報道機関に対し、かかる取材行為の必要性を慎重に吟味するとともに、生徒たちの気持ちと状況に配慮した節度ある取材・報道姿勢を取られるよう要望します。
2021年10月21日
山梨県弁護士会
会長 八巻力也