我が国は、刑罰制度の最高刑として死刑制度を存置している。そして、2019年にも、3名の死刑囚について死刑が執行された。
犯罪により身内の方を亡くされた遺族や身近な方々が、刑事裁判において加害者に対する厳罰を望むことはごく自然な心情である。そして、事案によっては加害者に対して死をもって償うことを求めたいという気持ちも、十分に理解できる。
一方で、人の生命の価値を究極なものとして認め、その生命を奪う権利は何者も有しないとの普遍的な命題を根拠に、死刑制度を容認することがこの普遍的な命題と矛盾するとの立場も、十分に成り立ちうるところである。また、わが国では、1980年代に4件の死刑確定事件(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)について再審で無罪が確定しているところ、裁判は人間が行うものである以上、誤判の危険性を完全に排除することができない。誤判により生命を奪われる事態が1人でも生じてしまえば、決して取り返しがつかないことは明らかであり、こうした観点から死刑の廃止を求める意見もある。
このように、死刑制度の存廃に関する意見やそのような意見に至る理由は様々であるが、我が国においては、これまで死刑制度の存廃に関する国民的な議論がほとんど行われてこなかった。
しかし、国際的には、法律上の死刑廃止国または10年以上死刑の執行をしていない事実上の死刑廃止国が年々増加しており、2018年12月時点において、世界中で7割以上を占めている。また、日本を含む先進国グループであるOECD(経済協力開発機構)加盟国(36か国)のうち死刑制度を存置しているのは、日本、韓国、米国の3か国であるが、このうち、韓国は事実上の死刑廃止国であり、米国は多数の州で死刑を廃止し、または事実上の死刑廃止を宣言している。したがって、死刑を国家として統一して執行しているのは、日本だけという状況になっている。
こうした国際的な状況の中、国連の自由権規約委員会、拷問禁止委員会及び人権理事会は、断続的に死刑を執行する日本に対し、いったん死刑執行を停止し、死刑廃止を前向きに検討すべきであるとの勧告を出し続けているところである。
我が国に目を向けると、昨年、内閣府が2019年11月に実施した世論調査において「死刑もやむを得ない」と回答した方が80.8%存在したとの結果が、大きく報道されたことは記憶に新しい。
しかし、この世論調査の内容を詳しく確認すると、「死刑もやむを得ない」と回答した80.8%の方に対する追加質問において、うち39.9%の方が「状況が変われば将来的には死刑を廃止してもよい」と回答していることが明らかとなっている。「死刑は廃止すべきである」との回答を合わせると、「将来的には死刑を廃止しても良い」との回答は、全体の41.3%となる。一方で、この追加質問において、「将来も死刑を廃止しない」と回答した方は54.4%であったから、「現在も将来的にも死刑は廃止すべきではない」との意見の方は、全体の44.0%であったことになる。
このように、死刑制度の存廃に関する国民世論は、将来的な廃止の可否という点では、おおよそ拮抗している。
加えて、この「現在も将来的にも死刑は廃止すべきではない」という44.0%の方の中に、仮釈放のない終身刑が導入された場合には、「死刑を廃止する方がよい」と回答した方が20.5%存在したことも明らかとなっている。その結果、死刑制度の存廃について、仮釈放のない終身刑が導入された場合は「死刑を廃止する方が良い」という回答は、全回答者の35.1%に上っている。
この点、日本弁護士連合会は、2016年10月7日、第59回人権擁護大会において、「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を採択し、日本政府に対し、日本において国連犯罪防止刑事司法会議(コングレス)が開催される2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきであることなどを求め、その後、死刑廃止の際の代替刑の検討を進めてきた。そして、2019年10月15日に「死刑制度の廃止並びにこれに伴う代替刑の導入及び減刑手続制度の創設に関する基本方針」を発表し、死刑制度の代替刑として、仮釈放のない終身刑の導入を具体的に提案したところである。
以上のとおりの国際社会の状況、さらには国民意識などを踏まえた場合、我が国においても、既に死刑制度の存廃に関して国民的な議論を行うべき時期に至っており、その土壌も形成されつつあるものと考えられる。
当会において、死刑制度に関連した会長声明を発出するのは今回が初めてである。当会の会員の中でも、自らが携わる人権擁護活動の内容、個人の思想信条などから、死刑の存廃に関する意見は様々である。しかし、やはり、死刑が人の生命を奪うものであるとの結果は否定できない。したがって、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士が組織する団体として、当会は、死刑の存廃に関する議論を行うことなく、死刑の執行を静観すべきではない。こうした認識のもと、当会も、会員に対し、会内での議論の継続を改めて呼びかけたところである。
今こそ、死刑制度を存続させるべきか、死刑に代わる最高刑を導入すべきか、さらには、その代替刑の内容はいかにすべきかなどについて、しっかりと国民的に議論を行うべきである。そして、その際には、犯罪被害者支援の充実も併せて検討しなければならない。当会は、国会に対し、国民とともにかかる議論を行うことを求めるとともに、その結論が出るまでの間、立法により全ての死刑執行を停止するよう求める。
2020年3月31日
山梨県弁護士会
会長 吉澤宏治