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山梨県弁護士会について

声明・総会決議

法律事務所に対する捜索に抗議する会長声明

1.東京地方検察庁検察官らによる法律事務所の捜索

東京地方検察庁の検察官らは、刑事被疑事件について、東京地方裁判所裁判官の発付した令状に基づき、2020(令和2)年1月29日、関連事件を担当した元弁護人である弁護士の法律事務所に立ち入り、捜索を行った。

同捜索に先立ち、弁護士は、秘密性が解除されている資料(裁判所に提出済みの被疑者との面会記録)については任意に提出すること、その余の物については押収拒絶権を行使し押収を拒否すること、押収を拒否するので事務所内の捜索も拒否すること、を意思表示した。しかしながら、検察官らは、弁護士が任意に提出しようとした面会記録を受け取らず、無断で裏口から同法律事務所内に立ち入り、弁護士からの再三の退去要請にもかかわらず滞留を続けた。また、検察官らは、同法律事務所内で、会議室のドアの鍵を同行した業者に破壊させ、同会議室に立ち入った。同会議室内に設置されたキャビネットについて、弁護士は、同キャビネット内には関連事件に関係する物が入っているので押収拒絶権を行使し押収を拒否すること、キャビネット内の物について押収を拒否するのでキャビネット内の捜索も拒否すること、を意思表示した。しかしながら、検察官らは、施錠されていた同キャビネットの鍵を同行した業者に開錠させ、同キャビネットの引き出しを開いた。

このような捜索を行った結果、同日に検察官らが押収したものは、弁護士が任意提出する意思を示していた面会記録のみであった。

2.弁護士による押収拒絶権の行使が正当であること

弁護士には、業務上委託を受けたために保管し又は所持する物で他人の秘密に関するものについて、押収を拒絶する権利(押収拒絶権)が保障されている(刑事訴訟法105条)。これは、他人から秘密を委託される業務を行う弁護士に対して委託された秘密を守る権限を与えることで、市民等の秘密を守ることを可能とし、もって、「業務を依頼しても秘密が暴かれることはない」という弁護士業に対する市民等の信頼を確保することを目的とした規定である。

この押収拒絶権は、業務上委託を受けたために保管し又は所持する物で「他人の秘密に関するもの」について行使できるところ、「他人の秘密に関するもの」に該当するか否かの判断は、委託を受けた弁護士の専権に属する。なぜなら、秘密に該当するか否かを判断するために、秘密とすべき押収拒絶対象物を捜査官がひとたび見てしまえば、それはもはや秘密とはいえなくなってしまうからである。

したがって、前記1記載の捜索時に、被疑者(関連事件においては被告人)の面会記録以外の物について、弁護士が「他人の秘密に関するもの」と判断し押収拒絶権を行使したのであれば、誰もその判断を覆すことはできない。

本件捜索にあたり弁護士が押収拒絶権を行使したことは、市民等の秘密及び信頼を守るため法律上保障された権限の行使であり、正当な行為である。

3.本件捜索が違法であること

このように、強制処分たる押収に対して、弁護士には押収拒絶権が保障されているところ、捜索は押収対象物を発見し押収することを目的として行うものであるから、押収拒絶権行使により対象物の押収ができない以上、捜索の目的が達成できないことは明らかであって、捜索の必要性が失われる。

したがって、本件捜索は、弁護士による押収拒絶権の行使により、捜索がなし得ないにもかかわらず行われたという点で、許されない違法行為である。

なお、押収拒絶対象物以外の物を差し押さえるためであっても、押収拒絶権を行使した弁護士の法律事務所の捜索をすることは認められない。なぜなら、押収拒絶対象物とそれ以外の物の選別は、対象物の内容を確認しない限り不可能である。仮にこうした選別のための捜索が認められるのであれば、結果的に、捜査官は押収拒絶対象物の内容を確認することが許されることとなってしまう。こうした帰結が、委託者の秘密を守るために押収拒絶権を弁護士に認めた法の趣旨を没却するものであることは明白であろう。

4.本件違法捜索による弊害

本件違法捜索は、実際に押収された物件からして、押収拒絶対象物以外の物を差し押さえるための捜索としても不要なものであった疑いが強い。そして、事務所施設の鍵を物理的に破壊する等の態様をも勘案すれば、これを受けた弁護士の業務を妨害したことが明らかなのはもちろんのこと、我が国で刑事弁護活動を担う弁護士一般に与える萎縮効果も看過できない。

我が国の法(憲法37条3項、刑事訴訟法30条1項)が被疑者・被告人に弁護人選任権を保障したのは、被疑者・被告人が資格を有する弁護人を通じて有効な防御を行えるようにするためである。弁護士の刑事弁護活動に萎縮が生ずれば、有効な防御を行うことができず、被疑者・被告人の権利利益が害される。刑事裁判における一方当事者である検察官が、直前に辞任していたとはいえ、他方当事者である弁護人に対し、その権利を侵害する違法行為を行うことは、我が国の刑事司法の公正さを著しく害するものである。

しかも、本件捜索は、刑事訴訟法105条が守らんとした法益をも脅かすものである。前述のとおり、同条の押収拒絶権は、市民等の秘密、信頼を守るものであり、弁護士の個人的利益を守るものではない。弁護士が、自らを信頼し秘密を委託してくれた市民等の利益を守るため押収拒絶権を行使した場合に、当該弁護士に対して本件捜索のような打撃を与えれば、今後、弁護士の押収拒絶権行使に萎縮効果が生じ、ひいては市民等の秘密、信頼も脅かされる結果となる。

5.結論

当会は、かかる違法かつ弊害の大きい本件捜索に対し強く抗議するとともに、検察官に対して、同様の行為を二度と繰り返さないことを求める。

また、裁判官に対しては、押収拒絶権行使が予想される業務について捜索令状を発付するには、前記4記載の各弊害を踏まえ、必要性等を厳格に審査することを求める。       

2020年3月17日

山梨県弁護士会
会長 
吉澤宏治