ページの先頭です

山梨県弁護士会について

声明・総会決議

少年法の適用年齢引下げに改めて反対する会長声明

1 はじめに

  法制審議会では、平成29年2月の諮問を受け、少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げることの是非について、現在まで議論を継続している。当会では、平成27年7月に「少年法の適用年齢引下げに反対する会長声明」を公表しているが、これまでの状況の変化を踏まえ、改めてこれに反対する意思を表明するものである。

2 適用年齢引下げの必要性はなく、むしろ弊害が極めて大きいこと

(1)民法の成年年齢引下げとの関係

  法制審議会では、民法の成年年齢を18歳に引き下げる一部改正法が成立した(2022年4月施行予定)ことを受け、これとの統一を図る必要性があることを、少年法の適用年齢引下げの根拠としている。

  しかし、法律の適用年齢は、それぞれの立法趣旨や目的に照らして、法律ごとに個別具体的に検討すべきものであり、これを統一すべき必然性はない。民法と少年法は共に若年者の未成熟性を制約根拠とするものではあるが、経済取引に着目して社会的、経済的に成熟しているかを基準とする民法と、生活環境や資質上のハンディキャップも含めた要保護性の観点から未成熟性を問題とする少年法とでは、立法の趣旨目的が全く異なっており、その適用年齢に差異を生じるのはむしろ当然のことである。

  この点、少年法の保護処分は保護主義(パターナリズム)によって正当化されている側面があるため、民法上の成年者とされる18歳、19歳をその対象とすることは過剰介入となり許されないとする意見もある。

  しかし、パターナリズムによる介入が許される年齢は一律に定まるものではなく、介入の必要性やその内容・性質によって異なるのであって、民法上の成年年齢と一致させなければならないものではない。現に、パターナリズムを根拠とする飲酒、喫煙、公営ギャンブル等の他の法規制については、民法改正後も、20歳以上という適用年齢が維持されている。

  このように、民法の成年年齢が18歳に引き下げられたことは、少年法の適用年齢を引き下げる根拠となるものではない。

(2)現行少年法は有効に機能していること

  少年犯罪が増加し、凶悪化しているとの認識はいまだに残っており、世論に影響を与えているものと思われるが、これは全くの誤解である。

  実際には、人口当たりの発生数で比較しても、少年の検挙者数は平成28年において昭和58年のピーク時の23.9%に減少しており(警察白書)、少年による殺人・強盗・放火・強姦の凶悪事件についても、平成29年において昭和35年のピーク時の5.4%にまで減少している(司法統計年報、総務省統計局の人口推計)。少年犯罪は、凶悪事件も含めて、むしろ大幅に減少しているのである。

  このことは、教育的働き掛けを重視する現行少年法が18歳、19歳の少年を含めて有効に機能していることの現れでもある。少年は未成熟で、いまだ成長過程にあることから、少年事件については、全事件が家庭裁判所に送致され、家庭裁判所調査官ら専門家により少年の生育歴や心身の状況、家族・交友関係等の調査が行われた上、非行の原因を取り除くことを重視した処遇が選択されており、このような教育的働き掛けが少年の再非行防止に大きな効果を上げているのである。なお、現行少年法が有効に機能していることについては、法制審議会においても異論がない。

(3)適用年齢引下げによる弊害が極めて大きいこと

  少年法の適用年齢が引き下げられた場合、現在、少年事件の約50%を18歳、19歳の少年が占めていることからすれば、半数にも及ぶ事件が少年審判手続から除かれ、教育的働き掛けの対象外とされることになり、再犯防止の観点から重大な問題がある。

  これらの事件は成人の事件として刑事手続に付されることになるが、その方が、より「厳しい」刑事処分が課されることになり犯罪の減少につながるとの見方が一部にはあるように思われる。しかし、日本弁護士連合会が検察統計や司法統計年報等を基にして算出したデータによれば、成人の刑事事件については、約64%が起訴猶予、約29%が罰金や科料で終了しているのが現状であることから、少年審判手続から除外された者の大半は、何ら矯正の契機もなく手続を終えることになり、むしろ若年者の再犯増加が強く懸念されるところである。

  このように、少年法の適用年齢引下げによる弊害は極めて大きい。

3 適用年齢引下げに伴い検討されている犯罪者処遇策

  このような弊害を含め、少年法適用年齢引下げに伴って生じうる問題を解消するため、法制審議会の少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会は、少年法の機能に代替しうる処遇策について検討を進めている。

  例えば、「若年者に対する新たな処分」として、起訴猶予となった18歳、19歳の若年者を家庭裁判所の保護観察等の処分に付する制度の創設が検討されている。

  しかし、まず、その具体的内容をみても、これが現行の少年審判手続と同程度の機能を果たしうるものとは全く思われず、実効性がなく、少年法の適用年齢引下げによる弊害を解消し得るものではない。

  また、そもそも、少年法の適用対象外とする以上、保護主義(パターナリズム)を正当化根拠とすることはできないのであるから、新たな処分の創設は、行為責任の範囲内においてのみ許容されることになるのであり、このことは法制審議会においてもほとんど異論がないものと思われる。新たな処分が創設された場合、起訴猶予とされた比較的軽微な事件について、20歳であれば直ちに手続が終了するのに、18歳、19歳であるというだけで不利益な処分を付加されることになりかねない。このような処分が、いかなる意味において行為責任の範囲内のものといえるのか、結局、パターナリズムによらなければ説明できないのではないか、その理論的根拠には深刻な疑問が残る。行為責任の幅の中での取扱いの差であるといった説明が仮に可能であるとしても、同じ成人でありながら、20歳であれば問われない責任を18歳、19歳であるがゆえに追及されることになるのは、公平の観点からも看過できない重大な問題である。

  このように、「若年者に対する新たな処分」については、実効性がないというだけでなく、その理論的根拠に深刻な疑問がある。

  このほかにも様々な処遇策について検討がなされているが、いずれも行為責任主義の制約の下にあることは同様であり、現行少年法の機能を代替し得るものとはなり得ない。

4 結論

  以上のとおり、少年法の適用年齢を引き下げる必要性はなく、むしろその弊害が極めて大きいのであって、これを解消する代替的処遇の創設も不可能であるから、当会は、少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げることについて、改めて反対の意思を表明する。

2019年3月9日

山梨県弁護士会
会長 
甲光俊一