声明・総会決議
民法の成年年齢の引下げに反対する意見書
第1 意見の趣旨
民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げることについては,反対である。
第2 意見の理由
- はじめに
平成19年5月に成立した日本国憲法改正手続に関する法律(国民投票法。平成19年5月18日法律第51号)は,満18歳以上が国民投票の投票権を有するとし,同法附則第3条第1項(現在では附則(平成26年6月20日法律75号)3項)では「満十八年以上満二十年未満の者が国政選挙に参加することができること等となるよう,選挙権を有する者の年齢を定める公職選挙法,成年年齢を定める民法その他の法令の規定について検討を加え,必要な法制上の措置を講ずるものとする。」と定められた。
この附則を受けて,法制審議会は,第160回会議(平成21年10月28日)で民法の成年年齢を18歳に引き下げるのが適当であるとする「民法の成年年齢引下げについての最終報告書」(以下「最終報告書」という。)を採択し,法務大臣に答申した。そして,平成27年6月17日,公職選挙法(昭和25年4月15日法律第100号)が改正され,選挙年齢を18歳に引き下げることとなった。
そこで,あらためて同附則第3条第1項が選挙年齢とともに検討課題とした民法の成年年齢の引き下げの問題がクローズアップされることになった。
その後,平成28年9月には民法の成年年齢の引下げの施行方法に関する意見聴取手続(以下「パブリックコメント」という。)がなされ,この結果を踏まえ,現在,成年年齢引下げに関する民法改正法案提出の動きが加速している。
しかしながら,以下に述べるように民法の成年年齢を早急に引き下げる積極的意義はないばかりか,民法の成年年齢の引下げには多くの問題点があり,それに対する十分な対応策も採られていない現在,民法改正による成年年齢引下げには反対である。
- 民法の成年年齢引下げにおける積極的意義の欠如
最終報告書は,「憲法は成年者に対して選挙権を保障しているだけであって,それ以外の者に選挙権を与えることを禁じてはおらず,民法の成年年齢より低く選挙年齢を定めることが可能であることは,学説上も異論がない」ところであり,理論的には「選挙年齢と民法の成年年齢とは必ずしも一致する必要がない」とした上で,選挙年齢と民法の成年年齢とは一致していることが望ましいと結論づけている。
その根拠としては,「選挙年齢の引き下げにより新たに選挙権を取得する18歳,19歳の者にとって,政治への参加意欲を高めることにつながり,また,より責任を伴った選挙権の行使を期待することができること」,「社会的・経済的にフルメンバーシップを取得する年齢は一致している方が,法制度としてシンプルであり,また,若年者に,社会的・経済的に「大人」となることの意味を理解してもらいやすいこと」,「大多数の国において私法上の成年年齢と選挙年齢を一致させていること」,「国民投票法の法案審議の際の提出者の答弁等において,民法上の判断能力と参政権の判断能力とは一致すべきであるとの説明が行われていること」等を挙げる。
しかし,18歳,19歳の者の政治への参加意欲を高めることや責任を伴った選挙権の行使は,若年者への政治教育の充実や,若年者の政治へのアクセスを容易にする等の直接的な施策によって行うべきであり,民法の成年年齢を引き下げることで直ちにこれらを達成できるとは考えがたい。
また,法律における年齢区分はそれぞれの法律の立法目的や保護法益ごとに,個別具体的に検討されるべきものであり,一致している方がシンプルであるといった単純な理由で安易に決められてはならない。民法の成年年齢については,あくまでも私法上の行為能力を付与するに相応しい判断能力があるか否かが正面から論じられるべきであり,選挙権の判断能力と一致すべき必然性はない。
また,少なくともわが国においては,後述するように各問題点を解決する施策の整備が現段階では不十分であることからすれば,海外諸国とは事情が異なるのであって,諸外国と同様に考える必要はない。
パブリックコメントにおいても,193件の回答のうち,消費者被害など施行に伴う支障があるとの意見が多数寄せられており,また施行までの周知期間として,3年以上の期間が必要とする意見が多い。さらに,193件の回答のほかにも,単に引下げの可否などを回答したものが158件あり,その大半が引下げに慎重や反対であったとの新聞報道がなされている。
したがって,民法の成年年齢を引き下げなければならない積極的意義はないと言わざるを得ない。
- 若年者に対する消費者被害の拡大のおそれ
現行民法においては,未成年が親権者の同意を得ずに単独で行った法律行為については,未成年者であることを理由として,取り消すことができる(民法第5条2項)。
この未成年者取消権は,未成年者が違法若しくは不当な契約を締結するリスクを回避するにあたって絶大な効果を有しており,かつ,悪徳業者に対して未成年者を契約の対象にしないという大きな抑止力となっている。
しかし,民法の成年年齢を18歳に引き下げた場合,18歳,19歳の若年者がかかる取消権を失うことになる。
現行民法の下では,未成年者取消権のない20歳以上の者が消費者被害のターゲットとなっているとみられ,とくに成人したばかりの若年者はターゲットにされやすい傾向にある。独立行政法人国民生活センターの発表(平成28年10月27日付「成人になると巻き込まれやすくなる消費者トラブル-きっぱり断ることも勇気!-」)によれば,2015年度の18歳~19歳の相談件数(平均値)は5,747件であるところ,20歳~22歳の相談件数(平均値)は8,935件に及び,成人後に3,000件以上も相談が増えている。この傾向は,2016年度も同様であり,2016年9月30日までの登録分で18歳~19歳の相談件数(平均値)は2,353件,20歳~22歳の相談件数(平均値)は3,544件となっている。契約内容も,未成年者のトラブルではあまり見られなかった「サイドビジネス」や「マルチ取引」,「エステ」が上位になり,契約金額も高額になっていることが指摘されている。特に「マルチ取引」は,総件数に対する20歳~22歳男性の占める割合が18歳~19歳男性の約7倍に増加している。
民法の成年年齢が引き下げられ,18歳,19歳の若年者が未成年者取消権を喪失すれば,そのターゲットとなる層が18歳,19歳にまで拡大することは必至である。
ところが,世論調査においては,18〜19歳の85%が民法の成年年齢の引下げの議論を知らず,50%が「関心がない」又は「あまり関心がない」と回答しており(2013年内閣府「民法の成年年齢に関する世論調査」),自らが消費者被害の標的となりうることについて認識が低く,あまりに無防備である。
しかも,上記未成年者取消権を喪失した際には,それに代わる施策として,事業者に課すべき若年者の特性や取引類型に応じた説明義務の強化策,未成年者取消権にかわる保護制度の創設,若年者に対する消費者教育の充実など若年者に対する消費者保護施策が不可欠であるところ,いずれも現段階においては整っているとは,到底言い難い状況にある。パブリックコメントにおいても,施行に伴う支障として消費者被害について指摘する意見が多数寄せられており,現段階では施策の整備が十分でないことを示している。
したがって,民法の成年年齢の安易な引下げは,若年者の消費者被害を蔓延させることになりかねず極めて危険である。
- 親権に服する年齢を引き下げた場合の問題点
(1)若年者の困窮の増大のおそれ
最終報告書は,「現代の若年者の中には,いわゆるニート,フリーター,ひきこも
り, 不登校などの言葉に代表されるような,経済的に自立していない者や社会や他
人に無関心 な者,さらには親から虐待を受けたことにより健康な精神的成長を遂げ
られず,自傷他害の傾向がある」者等が増加しているとし,このような状況の下で民
法の成年年齢を引き下げ,親権の対象となる年齢が引き下げられると,自立に困難を
抱える若年者が親の保護を受けられなくなり,ますます困窮するおそれがある点を指
摘する。
パブリックコメントにおいても,授業料や学校徴収金等の高校生活に必要な費用も
保護者に依存している状況の中で,現在は未納者については保護者に督促を行ってお
り,民法の成年年齢の引下げにより,この部分に課題が生ずる可能性があると全国高
等学校長協会より指摘されている。
現実には,18歳,19歳の若年者の大部分は学生であり,むしろ経済的に自立し
ている者は少数であるのが現状である。
就労支援,教育訓練制度,シティズンシップ教育などの支援が不可欠であるが,い
ずれも十分に実行されているとは言い難い状況にある。
(2)高校教育における生徒指導の困難化のおそれ
また,最終報告書は,「民法の成年年齢を18歳に引き下げると,高校3年生で成
年(18歳)に達した生徒については,親権者を介しての指導が困難となり,教師が
直接生徒と対峙せざるを得なくなり,生徒指導が困難になるおそれがある。」という
点を指摘している。
高等学校内に成年者と未成年者の生徒が入り交じることとなり,法律関係,指導関
係の取り扱いに違いが生じてくることは必然である。どのような問題点が学校内で生
じてくるのかなど,議論が十分に尽くされているとは言い難い状況にある。少なくと
も,学校外での生活の指導等について,従来の学則をそのままあてはめることができ
るのかという問題点は明らかであり,この点に対する有効な施策がなされているとは
言い難い。
したがって,自立に困難を抱える若年者の困窮の増大や高校教育における生徒指導
の困難化のおそれからしても,民法の成年年齢の引下げには反対である。
- 養育費支払終期の事実上の繰上げのおそれ
養育費は,子の福祉の観点からも非常に重要である。
理論的には,養育費の支払終期については,経済的に自立していない子,すなわち「未成熟子」概念を基準とすべきであり,そもそも成年年齢を基準とすべきものではない。
しかし,裁判所等作成の申立書の定型書式では対象者を「未成年者」と表示していたり,審判書や調停調書のひな型にある当事者目録や主文・条項の記載例でも「子」等ではなく,「未成年者」と表示されていることがある。
そのため,養育費に関する合意や裁判の際,「子が成年に達する日の属する月まで」等と定められる例もある。
このような合意が,民法の成年年齢の引下げにより,養育費支払終期の繰り上げに直結してしまうおそれを否定できない。
養育費の支払終期については「未成熟子」概念を基準とすべきであるとの考え方を裁判実務の中で実現するだけでなく,国民全体にも広く周知を図る必要がある。
そして,民法の成年年齢の引下げにより,養育費支払終期の繰り上げに直結してしまうことのないようにするための施策が必要であるが,現段階で整っているとは言い難い。
したがって,養育費の観点からしても,民法の成年年齢の引下げには反対である。
- 労働基準法第58条による労働契約解除権の喪失のおそれ
民法の成年年齢を引き下げた場合,18歳,19歳の若年者は,民法の未成年者取消権による保護だけでなく,労働基準法第58条第2項の未成年者にとって不利な労働契約(親権者等の同意に基づいて成立した契約も含む)の解除権による保護も受けられなくなる可能性が高い。労働契約の解除権による抑止力が働かなくなる結果,労働条件の劣悪ないわゆるブラック企業等による労働者被害が18歳,19歳の若年者の間で一気に拡大する可能性がある。
労働環境におけるトラブルは後を絶たず,若年者は経験の不足から労働契約締結時に十分に労働環境を検討することができず,精神的に追い込まれていく事件が後を絶たない。
劣悪な労働環境を回避する制度や,他の保護制度の創設が不可欠であるが,現段階で整っているとは言い難い。
したがって,労働契約解除権喪失の観点からしても,民法の成年年齢の引下げには反対である。
- 児童福祉法・児童扶養手当法など,児童福祉における若年者支援の後退のおそれ
平成28年6月に成立した改正児童福祉法には,児童自立支援生活援助事業の対象期間を22歳の年度末までとする内容が盛り込まれた。
これは,困難を抱え自立に課題のある若者に対しては18歳を超えても社会的な支援が必要であることが社会的合意になっていることを示しており,民法の成年年齢を引き下げることは,この流れに逆行するものであり,若年者支援施策の整備を後退させるおそれがある。
したがって,民法の成年年齢の引下げは,改正児童福祉法の精神にも悖るものであり,反対である。
- 未成年者後見の終了に伴う支援断ち切りのおそれ
18歳,19歳の若年者のうち,両親がいないために未成年後見が開始されている未成年者で,中でも専門職後見人のみが選任されている場合については,民法の成年年齢の引下げによって,第三者の支援自体が断ち切られる事になる。
例えば,被後見人である若年者が高校在学中に18歳に達し,後見が終了すると,進学を希望したとしても,その後の進学に関わる事務作業の継続的支援が断ち切られることになる。
このような場合に関する議論が十分になされたとは言い難い。
したがって,未成年被後見人に対する支援継続の観点からも,民法の成年年齢の引下げに反対である。
- 結語
以上のとおり,民法の成年年齢の引下げについては,積極的意義がないばかりか,既に述べたような様々な問題点があることからすれば,民法の成年年齢を20歳から18歳に引き下げることについては,反対である。
2017年2月24日
山梨県弁護士会
会長 松本成輔