声明・総会決議
「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」 (いわゆる「カジノ解禁推進法案」)に反対する会長声明
第1 趣旨
当会は、「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」に強く反対し、本法案の廃案を求める。
第2 理由
- はじめに
昨年12月、国際観光産業振興議員連盟(以下「IR議連」という。)に所属する国会議員有志よって、「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(以下「カジノ解禁推進法案」という。)が国会に提出され、現在開催されている臨時国会で継続審議となっている。
IR議連は、カジノ施設を含む統合型リゾートを観光振興、地域振興に資する成長戦略の一つのツールとしており、このようなリゾートの設置による集客効果、雇用効果、税収効果等により地域経済が活性化することを強調している。
しかし、カジノ解禁推進法案が成立した場合、以下に述べるとおり多数の問題が生じるおそれがある。
- ギャンブル依存症患者を増加させるおそれがある
現在の日本には、競馬等の公営ギャンブルやパチンコ産業が根付いており、ギャンブル依存症患者が増加する要因が現に存在する。さらに、厚生労働省研究班の本年8月20日発表では、日本人のギャンブル依存症有病率は推計で男性8.7%、女性1.8%であり、諸外国の推計有病率1%前後に比べて異常に高い。その一方で、ギャンブル依存症治療を専門的に行う医療機関は少なく、患者の治療・支援体制が十分に整っているとは言い難い。このような日本の現状では、カジノを解禁する以前に、ギャンブル依存症患者を増加させない対策を講じることこそが重要である。
カジノ解禁推進法案の考え方では、カジノを解禁後、カジノからの納付金を元手にギャンブル依存症対策を行うとされている。しかし、カジノを解禁してギャンブル依存症患者を増加させる明らかなおそれを生じさせつつ、ギャンブル依存症対策を行うというのは、依存症患者の増加防止策としてまったく矛盾しており、このような対策で依存症患者の増加を防止することは非常に困難である。
- 多重債務者を再び増加させるおそれがある
2006年の貸金業法改正等、官民一体となって取り組んだ多重債務者対策により、多重債務者は激減し、結果として、破産者等の経済的破綻者や経済的理由によって自殺する者も減少した。
しかし、ギャンブル依存症患者の多くは、ギャンブルのために借金を重ねている。そして、カジノを解禁した場合、ギャンブル依存症患者がカジノでギャンブルを行うために借金をすることは当然に想定される。また、ギャンブル依存症患者でなくても、カジノに射幸心を煽られ、カジノで所持金を使い果たしたカジノ客が、負けた分を取り戻すために借金をしてギャンブルを続けることも想定される。そのため、カジノを解禁した場合、結果として多重債務者を再び増加させるおそれがある。
- 青少年の健全育成に悪影響が生じるおそれがある
カジノ解禁推進法案では、カジノは、「会議場施設、レクリエーション施設、展示施設、宿泊施設その他の観光の振興に寄与すると認められる施設」と一体となって設置することを想定している。そして、青少年がカジノに入場できないとしても、カジノと一体となって設置された観光施設に青少年が出かけることは当然に想定される。そして、青少年が、カジノが身近にある環境に身を置いた場合、カジノに対する抵抗感を喪失するおそれがあり、将来的にカジノに出入りし、カジノに射幸心を煽られ、その結果、ギャンブル依存症の発症に影響を与えるおそれがある。
- 暴力団の関与を完全に排除することは困難である
カジノ解禁推進法案では、暴力団等のカジノへの関与を排除するための規制に関して必要な措置を講ずることを政府に義務付けている。しかし、いかなる規制を設けたとしても、暴力団構成員が身分を偽り、カジノの従業員として施設に入り込むこと、あるいは暴力団が関係企業や関係者を通じて間接的にカジノへ関与することを完全に防止することは困難であり、カジノを解禁した場合には、これに暴力団が関与するおそれが十分にあると言うべきである。
- 経済効果に対する疑問
IR議連は、カジノ解禁による地域経済の活性化を強調している。しかし、カジノ解禁により、政府のカジノ規制費用、ギャンブル依存症患者の労働力・生産性の低下、ギャンブル依存症対策費用等の社会的負担の増加が懸念されている。そのため、カジノ解禁により何らかの経済効果があるとしても、これに伴う社会的負担の増加問題を考慮すれば、最終的にどれだけの経済効果が得られるのか甚だ疑問である。
- カジノにおけるギャンブルは刑法の禁止する「賭博」である
そもそも、カジノにおけるギャンブルは「賭博」(刑法185条、同法186条)である。刑法が「賭博」を禁止しているのは、「賭博」が「勤労その他正当な原因に因るのでなく、単なる偶然の事情に因り財物の獲得を僥倖せんと相争う」性質のものであり、これにより「国民をして怠惰浪費の弊風を生ぜしめ、健康で文化的な社会の基礎を成す勤労の美風(憲法第二七条一項参照)を害するばかりでなく、甚だしきは暴行、脅迫、殺傷、強窃盗その他の副次的犯罪を誘発し又は国民経済の機能に重大な障害を与える恐れすらある」(最高裁昭和25年11月22日大法廷判決)からである。
そして、IR議連も、カジノが現行の刑法で禁止されている賭博行為を提供する施設であることを認めている。それにも関わらず、犯罪防止策等の各種対策を行うことで、上記判例に挙げられた弊害やその他の弊害を防止できるという趣旨の主張を行っている。
しかし、各種弊害防止の具体策の構築は、カジノ解禁推進法案成立後に政府が行うことになっており、現時点でIR議連の言う対策も、何ら具体性のない抽象論でしかない。そのため、IR議連の言う弊害防止策により、実際にどの程度の弊害防止効果があるかを事前に、かつ慎重に検討する必要がある。そして、国民に対して、カジノを解禁しても各種弊害発生のおそれがないことを合理的に説明する必要がある。このような説明がない現状では、カジノ解禁により各種弊害が発生するおそれを排除することはできないのであり、カジノ解禁が「賭博」を禁止した刑法の趣旨を害するおそれがある。
- 結語
以上より、カジノ解禁推進法案が成立した場合、ギャンブル依存症患者の増加、多重債務者の増加、青少年の健全な育成への悪影響、社会的負担の増加、暴力団のカジノへの関与といった問題が生じるおそれがあり、「賭博」を禁止した刑法の趣旨を害するおそれがある。
よって、当会は、カジノ解禁推進法案に強く反対し、本法案の廃案を求めるものである。
2014年10月11日
山梨県弁護士会
会長 小野 正毅