わが国の取調べは、完全な密室で行われている。そのため、これまで違法・不当な取調べが繰り返され、自白調書の作成過程を検証できない虚偽の自白によって、多くの冤罪が生み出されてきた。
2007年(平成19年)に入ってからも、わずか3か月のうちに、まず富山県下で、無実の者が虚偽の自白により有罪判決を受け、刑に服していたことが明らかになった(富山事件)。
また、鹿児島県下では、多くの者が虚偽の自白を強いられ、6人もの人々が違法・不当な取調べに耐えかねて虚偽の自白をしていたことが無罪判決で認定された(志布志事件)。
さらに、佐賀県下では、連続殺人事件について、任意取調べの名のもとに深夜にまで及ぶ17日間の取調べを受け、犯行を認める旨の虚偽の上申書を書かされ ており、裁判所から、取調官の強制と誘導によって書かされたもので重大な違法性があると厳しく指弾されて、無罪判決が言い渡された(北方事件)。
もはや、密室での取調べに依存したわが国の刑事手続が破綻していることは、連日の報道を待つまでもなく明らかである。 世界を見渡せば、密室取調べの弊害に対する反省から、今や欧米諸国のほとんどにおいて録画・録音や弁護人の立会いによる取調べの可視化が実施され、韓国・台湾をはじめとするアジアの国においても、取調べの可視化が実施されるに至っている。
さらに、2009年(平成21年)5月までに実施される裁判員裁判では、市民にわかりやすい審理が求められるとと もに、できるだけ明瞭な証拠提出を心がけ、裁判員に過大な負担をかけないことが求められており、これまでのように、自白の任意性・信用性をめぐって、長期 間の審理をすることは許されない。
ところで、最高検察庁は、こうした流れを背景に、2006年(平成18年)5月、「裁判員裁判対象事件における被疑者取調べの録音・録画の試行」として、取調べの録画・録音の試験的実施を発表した。 しかしながら、この試行は、対象事件も録画・録音する範囲も、検察官の裁量に委ねるもので、しかも、これまで多くの虚偽自白を生み出してきた警察官による取調べは対象とされていない。
こうした部分的な録画・録音では、密室での取調べの弊害は全く除去されないばかりか、かえって、取調べの状況につ いての誤った判断につながるおそれすらあり、自白調書の作成過程をめぐる争いはなくならない。 全ての被疑者の取調べの全過程を可視化すれば、違法・不当な取調べをすることはできなくなる上、自白の任意性・信用性をめぐる争いがほぼなくなることは、 諸外国の例が示しているところである。そうすることによって、諸外国において治安が悪化したとか、捜査に支障を来したという例は聞かない。
したがって、裁判員制度の実施を目前に控え、速やかに、検察官による取調べのみならず、警察での取調べも含めた取調べの全過程を録画・録音する立法措置を講じることを求める。
2008年3月24日
山梨県弁護士会
会長 小澤 義彦