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声明・総会決議
日本学術会議法案に反対する会長声明
- 日本学術会議(以下、「学術会議」という)は、わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させることを目的とし(日本学術会議法2条)、政府から独立して、科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること及び科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させることをその職務として行う(同法3条)。この独立性の保障は、真理の探究を本質とする学問研究において、政治の介入によりその自律性が失われ、その本質が歪められることがあってはならないという学問の自由(憲法23条)の理念を反映したものである。
そして、学術会議は、各国のナショナル・アカデミーの設置形態について、①学術的に国を代表する機関としての地位、②そのための公的資格の付与、③国家財政支出による安定した財政基盤、④活動面での政府からの独立、⑤会員選考における自主性・独立性といった5つの要件すべてを満たすことが大前提であるとの考え方を示しており、現在の学術会議はこの5要件を満たしているとしている。
政府は、この学術会議を廃止し、国から独立した法人格を有する特殊法人「日本学術会議」を新設する日本学術会議法案(以下、「本法案」という)を今国会に提出し、十分な議論のないまま、本年5月13日に本法案は衆議院を通過した。
以下に述べるとおり、本法案は、特に上記要件③・④・⑤の関連で、学術会議の独立性・自律性を侵害するおそれがあるとともに、手続き面においても問題がある。
- 学術会議の経費は国庫負担とされているが、本法案は、学術会議を特殊法人に変更し、政府の財政措置は補助にとどまるとしている(本法案48条、以下の条項は本法案のものをいう)。この法人化によって自主的な財源確保の強化が求められ、国家財政による安定した財政基盤の確保(要件③)が困難となるおそれがある。
また、中期的な活動計画や年度計画の作成・予算の作成・組織の管理や運営などについて会員以外の者が意見を述べる運営助言委員会(27条、36条)、内閣総理大臣が委員を任命し、中期的な活動計画の策定や業務の実績等に関する点検・評価の方法や結果について意見を述べる日本学術会議評価委員会(42条3項、51条)、内閣総理大臣が任命し、業務を監査して監査報告を作成し、業務・財産の状況の調査等を行う監事(19条、23条)、といった各機関の設置が本法案において定められている。これらは学術会議の活動面での独立(要件④)に対する外部からの介入を許すおそれを生じさせるものである。
さらに、会員の選定方針等について会員以外の者が意見を述べる選定助言委員会(26条、31条)が設置されるとともに、会員候補者の選定に際しては「会員、大学、研究機関、学会、経済団体その他の民間の団体等の多様な関係者から推薦を求めることその他の幅広い候補者を得るために必要な措置を講じなければならない」とされている(30条2項、附則7条3項)。その上、新法人が発足する際の会員については、現行の学術会議の推薦に基づいて内閣総理大臣が会員予定者125人を指名すると定められているところ(附則3条1項)、その会員予定者を選考する候補者選考委員会の委員を会長が任命しようとするときは、内閣総理大臣が指名する有識者と協議しなければならないとされている(附則6条5項)。他方、新法人の発足時点で任期を残している現会員は、新法人の会員となるとされるものの3年後に再任されることはなく(附則11条)、新法人は現在の学術会議との連続性を断たれることになる。これらは、会員選考の自主性・独立性(要件⑤)を侵害する危険をもたらすものである。
- 上記のとおり、学術会議は学問の自由の理念を反映した独立機関であるから、その組織変更にあたっては、政府と学術会議が信頼関係に基づいた議論を尽くし、学術会議の意見が適切に反映されなければならない。
しかし、2020年当時の政府による違法な学術会議会員任命拒否を放置したまま本法案を提出した現政府の態度は、信頼関係に基づいた議論の前提を欠くと言わざるを得ない。
この点については、学術会議からも、任命拒否により学術会議と政府の間の信頼関係が損なわれた中で議論が始まったことは極めて残念であり、当事者である学術会議との合意には至らないまま本法案を政府が提出したことは遺憾である旨の声明が出されている(令和7年4月15日付声明「次世代につなぐ日本学術会議の継続と発展に向けて~政府による日本学術会議法案の国会提出にあたって」)。
- 上記のとおり、本法案は、学問の自由に裏付けられた学術会議の独立性・自律性を侵害するおそれが高いものである。それにより不利益を受けるのは、学術会議会員のみならず、学問研究の成果を享受すべき国民と社会全体である。
また、政府からの独立が保障されている学術会議に対して、その人事への政府の違法な介入を放置した上、学術会議の意見を反映させることもないまま、本法案を提出する手法は、手続き面からも看過できない。
以上のとおり、本法案は学術会議の独立性・自律性を歪めるおそれが高いものであり、手続き面でも看過できない問題があるため、当会は本法案に反対し、廃案を求めるものである。
2025年5月16日
山梨県弁護士会
会長 大西達也